情の道

大相撲とベガルタ仙台が生活の中心。

--------------:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2006-11-05-Sun-23:49

相撲とことんトーク(本編):3

「好きな力士」
内:東北出身力士で数名チョイス。
鏡里
内:理想の男。美しい。色白。絶対人をいじめない。
デ:人柄が良すぎたので引退後の権力闘争に負けて時津風を継げず、
  立田川部屋を起こしたが小部屋で終わった。


北の富士
内:OLをやっていた当時、会社を休んでおっかけをやっていた。
  休む理由として親戚たちをたくさん殺してきたが「場所になると親戚が倒れる」
  上司にしっかり見抜かれてた。
  ある時、北の富士と2ショットで写真を撮ることに成功。それを年賀状に印刷し
  「結婚しました」とメッセージを添えて知り合いに出したら、
  本当に結婚したんだと思われお祝いが届いてしまった。
  古い写真を見ると彼1人モデル立ちしてた。本人も美しいと認識していたはず。

デ:だって引退相撲でタキシード着て持ち歌歌ったんだよ。

白いタキシード着て「ネオン無情」を歌ったのはあまりにも有名なお話。
リアルタイムで見てない私ですら知ってるんだから(笑) 生で聞きたかったなぁ~。
モデル立ちの北の富士。力士なのにモデル立ち。だから今でも和装だけでなく洋装もいけてるのねっ。流石。
そんなことより勝手に結婚したことにしちゃった内館さんが怖い。怖いわ。

水戸泉→心の夫。
デ:美形じゃないしお腹も出てないが?
内:大きいのが好き。捻り潰すのが好き。実直な押し相撲で、色気は無いが夫にするにはこういう人かな、と。
錦戸部屋を起こす時に打った祝電「親方、早く心の妻から本当の妻にしてください」


もう、本当に妻になっても良いんじゃないすか?彼女、貴ノ浪も好きだと言ってましたがあちらはもう結婚してるんで。

陸奥嵐
内:吊り落としをやる個性的な力士。東北の暴れん坊というニックネーム。地味だが玄人受けする力士。
デ:小学生だった我輩も好きだった。

初代若乃花→閣下も好きな力士の中に挙げてた。ご存知「土俵の鬼」
デ:師匠の花籠親方が最初に若乃花を名乗っていたので彼が初代。
  なのに周囲がそれを忘れてこの人を初代と言ってしまった。
  戦後の大相撲を支えたのは花田家。
  高度成長期が始まろうという時に栃錦と共に登場。→
  大鵬が勝ちすぎて人気が落ちてくる→貴ノ花が入って盛り上がる→
  千代に富士が勝ちすぎてまた人気が落ちてくる→貴ノ花の息子が入門して若貴フィーバー。
  花田一族が活躍すると客が入るというシステムになってる。

内:優勝した時に紋付を盛ってなかったのでオープンカーに裸で乗った。

この花田一族のお話は、二子山親方が無くなった時にレギュラーを持っていたラジオ番組で話してたのと同じです。
閣下は若乃花が得意としていた仏壇返しという決まり手を壇上で披露してくれました。

柏戸
内:山形出身。大鵬と柏鵬時代を作った人。柔の大鵬い対し剛の柏戸。
デ:柏戸を好きだという人が多い。
  大鵬の独走の中にたまに出てきて涙の優勝をしちゃ休場・・・の繰り返しだったから、
  判官びいきする日本人の国民性に合っていた。



デ:歴史的観点から。
谷風(ここでスクリーンに映し出されたのは勾当台公園にある谷風の銅像・・・・・に満面の笑みで抱きついてるのは内館監督(笑))
内:これも年賀状にしちゃった(笑)
デ:仙台が生んだ横綱。
内:第4代横綱だが、初代~3代までが伝説の人じゃないかと言われていて、実質谷風が初代。
デ:谷風と小野川(5代横綱)は将軍家斉の前で土俵入りを披露したが
  その前の3人は綱を締めたという歴史的事実が残ってない。だから谷風が初代横綱。

内:東北大の大学院に通っている間、しょっちゅう谷風の銅像に会いに行ってたが
  一度も人に合わなかった。誰も公園にいない。

デ:風邪引いて現役でなくなってるんだけど、谷風も死んじゃうような凄い風邪ということで
  谷風と言われた。雷電為衛門の師匠。

内:将軍家斉の前で小野川と取り組みがあった。立合いで小野川が待ったをした。
  それと同時に軍配が谷風に。相撲は取ってないのに「気勝ち」として谷風の勝ちにしたという話がある。
  これ仙台の人は誇るべき。小野川の方は取組の前にまけたら切るぞと殿様に言われてたが、
  負けたが勝負はしてないので打ち首を免れた。

三瓶:雷電は何故横綱にならなかったのか?という質問が来てます。
内:各地の有力な大名は力士を抱えていた。織田信長は1500人かかえたという話もある。
  雷電は出雲でお抱え力士だった。そこは徳川の譜代大名。
  土俵入りをやってと吉田家から言われたが雷電は考えた。ここで頭をさげたらどうなるか。
  外様の家臣に頭を下げるのはうちの殿様が不愉快に思うだろうというのが有力な説。

他にもいろいろ諸説あるが、この話が一番有力だろうということでした。

また時間が無かったので四股名の紹介だけになってしまいましたが以下の力士を閣下は挙げておりました。
隆の里
初代若乃花
貴ノ浪
舞の海
琴ノ若
高見盛
くっそー。舞様についての講釈聞きたかったよぉ~~~!!

谷風の銅像があるという勾当台公園は、はっきりいって市民の憩いの場と言う役目を担っておりません。平日の昼間にかろうじて子供に散歩をさせる姿があるくらい。それもたまーに。デートスポットにもなりゃしないもん。レイアウトがいかんのよ。芝生がないから寝転べない。水は流れてるけど目玉となるような噴水は無し。木々は生い茂ってるけどめでる為に座る場所が無い。ビニールシート敷いてピクニック気分を味わえないと人は寄ってこないじょ。一番のネックは側の大通りが車の量が多すぎて静かじゃないってことじゃないかしら。週末にフリーマーケットなどイベントがなきゃ人は寄ってこないです。
因みに仙台巡業があった時はこの銅像の前で横綱土俵入りやってました。でも平日の昼間にやっちゃうので私はまだ生で見たことがありません。復活させてくれー。

あとね、谷風という風邪のエピソードはウィキによると違うらしいです。私も閣下が言ってたエピソードを過去にウェブ上で読んだ事があったのでちとびっくり。
スポンサーサイト

COMMENT



ウィキ他チェック

2006-11-08-Wed-20:18
「御猪狩風」の読み方がどこにも書いてない~。何と読むんでしょうか?

>ある時、北の富士と2ショットで写真を撮ることに成功。それを年賀状に印刷し
>「結婚しました」とメッセージを添えて知り合いに出した

うわぁ。わたくしもやってしまいそう・・・10年前なら。

多分・・・

2006-11-08-Wed-20:48
「お いがり かぜ」かな。
猪狩=いがり だから。

年賀状の前に、2ショットの写真を撮るのが大変だわ。
その苦労を考えたら年賀状にしたくなるのも分かる(笑)

コメントの投稿

HOME
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。